研究活動
比較認知発達科学
ヒトに特有の心のはたらきが、いつ(when)、どのように(how)、そしてなぜ(why)獲得されるのかを明らかにするには、発達の視点だけではなく、進化という視点も考慮する必要があります。手足などの人間の形態的な特徴と同様、目には見えない心のはたらきも、進化的淘汰の産物だからです。ヒトの行動や心のはたらき(脳機能)の発達は、ヒト以外の霊長類(チンパンジーやサル)とどの部分が似ていて、どの部分が異なっているのでしょうか。
私たちの研究室は、「比較認知発達科学」という新しい学問分野を切り拓くことで、生物としてのヒトの心の発達の基盤となる環境、社会、教育的側面を科学的に検証すること、ヒトにとって真に適応的な養育環境、発達支援の基本的指針を科学的根拠にもとづき提案することを目指しています(京都大学野生動物研究センター・平田聡教授らとの共同研究)。
親性機能の発達とそのメカニズム
ヒトという生物の「養育(子育て)」の科学的理解は、子どもの心身の健やかな発達を保障するうえで必須です。本研究室では現在、おもに以下の3つのアプローチから、親性機能の獲得プロセスやその個人差を解明したいと考えています。
(1)出産後の母親の神経系活動の特徴を、脳波(electroencephalogram; EEG)や近赤外分光法(near-infrared
spectroscopy; NIRS)、心電図(electrocardiogram; ECG)、等の手法を用いて検討しています。
(2)子どもを養育中の親、とくに母親が抱えがちなストレスや、子育てに対する自己効力感・自己肯定感を、生理・
心理・行動指標を用いて実証的に明らかにしようとしています。
(3)子ども―親のインタラクションパターン、個人差をモーション・キャプチャを用いて可視化、評価しようとして
います。
養育経験とともに、子どもだけでなく「養育する側」も発達するという事実、親と子が互いに発達、教育しあう環境こ
そが子どもの脳や身体、社会性を健やかに育む適切な環境であることの客観的証拠の解明を進め、エビデンスベースト
の養育支援システムの開発と社会実装を目指しています。
早期産児の身体感覚と社会的認知発達
最近公表された海外の大規模コホート研究は、早期産児(在胎37週未満で出生した児)が、運動、情動、認知、言語発達に問題を抱えるリスクが高いこと、発達障害(注意欠如多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)や自閉スペクトラム症 (Autism Spectrum Disorder)、等)のリスクが高いことを示しています。
本研究室では、早産での出生が、後の社会的認知機能の獲得に及ぼす影響を実証的に明らかにしようとしています。例えば、脳波(electroencephalogram: EEG)や近赤外分光法(near-infrared spectroscopy: NIRS)などを用いた脳機能評価、心電図(electrocardiogram: ECG)を用いた自律神経機能の評価、内分泌系の測定、視線追跡装置(eye-tracker)を用いた注意制御機能の評価などを、周産期から縦断的におこなっています。それらを従来の標準発達検査とつきあわせることで、それぞれの早産児の発達のプロフィールを丁寧にたどり、発達予後を予測できるかどうか調べています。最終的なゴールは、早産児の抱える発達上の問題に対する早期バイオマーカーを探索し、効果的な支援や療育の選択肢を新たに提案することにあります(京都大学医学部附属病院新生児集中治療部病院教授らとの共同研究)。